mpi English Schools ことばの広場 3丁目先生:Tsuneko Tina Yano (つねこ・ティナ・やの)

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震災から21年経った神戸の街

2016.01.17

兵庫区湊川町にある自宅も仕事場も震災後に建った建物です。自宅の方(2丁目)は元長屋が全焼し、道一本隔てた仕事場(3丁目)の方は火事からは免れましたが何らかの損壊による建て直しだったそうです。当時はシンガポールに住んでいたので大変な時期を過ごしておらず2006年に引っ越して来てからご近所の方から伺った話です。火が迫る中崩れた建物の下敷きになり亡くなられた方もいらっしゃいます。皆さん、何も持たず逃げ出し、その後は避難所生活が続きご苦労されています。夫の両親は運の良いことに前日の1/16にシンガポールに来ていました。そのころ住んでいた垂水区の自宅も被害がありましたので即帰国しましたが平常の生活に戻るまでに暫く掛かったようです。

 

多くを亡くし、失くし、無くした街が今の状態になるまでは大変な努力や思いがあったと想像します。多くの助けも必要だったでしょう。神戸はとてもきれいな街ですが、震災前は「株式会社神戸市」というニックネームがあったように商売のやり方も上手く現在よりもっと活気に溢れた街だったと聞いています。一つの「街が壊れる」というのは大変なことです。自然の力には抗うことはできませんが、人間の意思で「街を壊す」ようなことは本当にもったいないし時間とお金の無駄になります。空爆などで人や建物が暴力的に破壊されている映像は目を覆いたくなります。

 

今の生活ができることを感謝しながら恐怖の中で亡くなられた方の無念に思いを馳せて過ごしたいと思います。